ビジネス法務学と生成AI | リーテックス株式会社特別企画(池田眞朗顧問、小倉隆志社長 対談)【Part4】

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    リーテックス株式会社特別企画(池田眞朗顧問、小倉隆志社長 対談)

    【Part4】ビジネス法務学と生成AI

    小倉 池田先生の提唱されているビジネス法務学についていろいろうかがっているのですが、そうするとビジネス法務学にとってAI,ことに生成AIはどういう評価になるのでしょうか。

    池田 これが難しいところなのです、というのは、ビジネス法務学では、世の中を便利にする技術よりも、人間社会の持続可能性に寄与する技術を評価します。そうすると、AIが世の中を便利にしていくことは疑いがない。けれども、AI,ことに生成AIは、人間社会の持続可能性に本当に寄与するでしょうか。

    AIことに生成AIは、ヒトを進化させるか、逆に怠惰にし成長を妨げるのではないか。倫理とか、理想とか、あるいはSociety 5.0という高度知識社会で特に求められる「規範的判断力」を希薄にしたり、それらと反する方向にヒトを導く可能性すら持つのではないか。そして、真実と虚構や捏造を区別できなくなる世界を作るのではないか。その結果、ビジネスに混乱をもたらしたり、一部の人々の職業を奪い、芸術活動を冒涜することにつながるのではないか。このような懸念が私にはあります。ですから現時点では、わがビジネス法務学としてはAIの評価を留保したい。

    小倉 生成AIについては、推進あるいは放置か、積極的な規制か、世界各国ではすでに様々な対応が始まっています。これについて先生のお考えをお聞かせください。

    池田 これは各国のお国柄が反映されていると思います。2024年10月の時点でAIを包括的に規制する法律ができているのは欧州EUだけかと思います。2024年7月に官報に掲載され、8月1日から順次施行されていると聞いています。これは私にとっては納得なのです。というのは、私は1992年から93年にかけて、フランスの大学に招聘教授として赴任した経験もあるのですが、欧州ことにフランスやイタリアは、個人のイマジネーションやクリエイティビティを非常に大事にする国ですから、個人の創造物をないがしろにする可能性のある生成AIなどを放置するはずがないと考えていました。

    これに対してアメリカは、法的拘束力のないソフトローで対応しています。実はアメリカにはいまだに個人情報保護法に当たる連邦の包括的な法律がありません。実はそれがないのでAI開発企業がいろいろな開発ができたとも言われています。

    小倉 日本の対応についてはどうお考えですか。

    池田 御承知のように日本は総務省や経済産業省が法的拘束力のないガイドラインを出している段階で、実際には規制らしい規制はかかっていないというのが現状かと思います。

    ただ気になる点が二つあります。一つは、日本では複数の官庁が共同でガイドラインを出すことが大変珍しく、今般総務省と経済産業省が手を組んで一つのガイドラインをまとめたことが評価される、という識者の意見があることです。これは我が国の認識の遅れを象徴しています。AIは必然的に国境を越える話なのです。そもそもどこかの省庁が単独で対応する話ではありません。省庁が二つくらい連携したと言っても、それは対応遅れの現れであって、全省庁が一つのガイドラインに参加するようでなければならないのです。

    それからもう一つの懸念点は、日本企業はチャレンジ精神が弱いので、包括的なAI規制法を作ると、どこもAI開発をしなくなる、だから規制をかけない方が良い、という意見があることです。これも私は筋違いという気がします。政府が打ち出しているSociety5.0というのは、スマート社会などと名前を付けられても何もわからないので、私は高度知識社会と呼んでいますが、そこでは、規範的判断力が重要になります。この社会はどうあるべきか、を国民的にしっかり議論をして、どういうところは規制し、どういうところは容認ないし促進すべきかのコンセンサスを形成すべきでしょう。これはお役所がいわば勝手に決めることではないと思います。

    小倉 ありがとうございました。この問題は実務の先端で仕事をしている我々がしっかり発言して国の方針形成を手伝う必要がありそうですね。

    池田 はい、私はかつて2017年公布の民法債権関係改正の際に、企業法務の方々に背積極的な意見表明をうながしたのですが、「ウチは決まれば決まったで対応しますから」という回答がかなりありました。正直そういう態度はやめていただきたいのです。実務の皆さんには、この変革の時代には皆さんが最新の情報を握っている立場にあるのだということを自覚していただき、相対で解決できる課題は契約というルールで解決し、一国のあるいは世界の共通ルールにすべきものについても、他人事ではなく積極的にルール創りに参画するという姿勢を身に着けていただきたいと願っております。

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