民法債権関係改正と行動立法学 | リーテックス株式会社特別企画(池田眞朗顧問、小倉隆志社長 対談)【Part2】

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    リーテックス株式会社特別企画(池田眞朗顧問、小倉隆志社長 対談)

    【Part2】民法債権関係改正と行動立法学

    小倉 池田先生は民法ことに債権法、そして金融法関係をご専門にされてきましたが、最近は、「創意工夫を契約でつなぐ」という、新しいビジネス法務学を提唱されています。今日はその流れというか、経緯をお聞かせ願いたいのです。途中で「行動立法学」というご論文も発表されていますが、それを含めてお話をお願いします。

    池田 はい、日本の民法は明治時代にできて、家族法の部分は昭和22年に全面改正されたのですが、財産法と呼ばれる部分は基本的にはそのままずっと使われてきました。その債権法には、契約や、取引実務に重要な保証や債権譲渡などが含まれています。

    その債権関係がようやく大改正されることになって、学者中心の準備会が2006年頃から始まり、最終的に2017年に国会で成立して2020年から施行されました。

    私はその債権関係改正の準備段階の議論に加わっていて、大きな違和感を感じました。そこが始まりです。

    小倉 それはどんなことだったのでしょうか。

    池田 はい、民法というのは、どの大学でも最大の単位数を与えられている、私法の基本法です。私法というのは、つかさどる司法ではなくわたくし法の方ですが、つまり民法は個人や法人の行動のすべてにかかわる身近な法律であり、かつ保証や債権譲渡などのビジネスにかかわるルールも規定している、取引基本法でもあります。私はこの民法は、市民の幸福な生活を実現するための法律だと思っています。ですから、明治にできてから100年以上たって、世の中が変化進展した、その時代変化を考えつつ、市民生活をより良くするための改正をしなければいけないと思っていました。ところが、この改正にかかわった民法学者の中心的な人たちは、理論的な整合性とか自分たちの学説にばかりこだわった議論をしていて、世界に冠たる民法典を作るとか、挙句の果てには、困っている人がいるから民法を改正するのではないとまで云うのです。私はこれに強く反発しました。法改正は、困っている人を困らなくするためにするものです。学理的な説明をうまくつけられるかどうか等は二の次のはずです。

    小倉 どうしてそんなことになったんでしょう。

    池田 これは、民法学が、財産法に関しては100年以上大きな修正を受けなかった長い歴史の中で、出来上がっている条文を解釈する解釈学に偏った学問になっていたからだと思います。けれど今や世の中は急激な変革の時代です、解釈論の整合性を高めるための改正などをしている場合ではないはずなんです。新しい課題を解決するための学問にならなければならない。つまり、できあがったルールを解釈するのではなく、新しい課題を解決する動態的な学問にならなければいけない、それがビジネス法務学の提唱につながったわけです。

    小倉 2020年に発表された行動立法学序説という論文はどういう関係になりますか。

    池田 はい、これは、「民法改正を検証する新しい民法学の提唱」という副題を付けたものですが、法律などのルールを作るときには、このルールがなかったら、人はどう困り、どう行動してしまうのか、逆に、こういうルールを造ったら人はどう行動すると想定されるのか、を考えて、立法の際にはそのシミュレーションを十分にするべきだ、という主張をしたものです。2017年の民法改正にそれが欠けていたという指摘にほかなりません。

    小倉 そうすると、行動立法学の考え方は今後の立法にどういう示唆を与えることになるのでしょうか。

    池田 はい、要するに、立法する側はこういう法律を使わせたいと考えて立法するのではなく、まずその法律の対象となる市民や企業のニーズ、まさに「困っていること」を十分に吸い上げて、そこから、立法した場合のシミュレーションをしっかり行ってから立法すべきとことです。ですから、使わせたい法律を作るのではなく、使われる法律を作る、ということが大事です。そして、急速な変革の時代には法律の制定や改正はどうしても後追いになりますから、官の対応を待たずに民が創意工夫をしてルールを作って課題を解決するという方向性が想定されてくるわけです。私の言う「契約」というのも、個別のルール創りにほかなりません。ももちろん、官民が協力して、民のニーズを生かせる、業界の協定などのソフトローを作っていくことも大事でしょう。

    小倉 その主張を踏まえての今後の具体的な立法プロセスに対するご提案はありますか。

    池田 お役所の努力にももちろん経緯を表するのですが、今の時代は、情報が一番集まっているのはビジネスの現場なのですね、ですから、これまでのお役所が原案を作って有識者の審議会にかけるというやり方は必ずしも適切ではなく、最初から産官学が文字通り一同に会して新しい課題の解決を考える研究会とかフォーラムのようなものがいろいろと出来てくるのが一つの望ましい形かと思います。

    小倉 有難うございました。ご主張が実現していくよう、ますますのご活躍を期待しています。

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