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電子契約における本人確認の重要性

本記事は、武蔵野大学法学部法律学科にて2018年より専任講師を務められている金 安妮(Anni Kin)先生による寄稿記事です。電子契約における本人確認の重要性について、法律の専門家による視点から解説をいただきます。

電子契約とは

情報通信技術(ICT)の普及により、電子的手段を用いた取引は、現代社会における商業活動の発展にとって必要不可欠なものとなっています。

実際に、電子ネットワークを通して、商品・サービスの宣伝、製品の受発注・出荷、請求・決済などを行うビジネスモデルは、さまざまな分野で広がりを見せています。その中でも、近年は、電子的方法を用いて契約を締結する「電子契約」が注目を集めています(*1)。

この電子契約という名称自体は、とてもシンプルなものですが、実は、法律やガイドラインによって異なる意味合いで用いられています。

そのため、一口に電子契約といっても、それがどのような概念なのか、どのような要件を充足していることが必要なのか、といった点については、異なる理解が見られます。以下では、電子契約法、電子委任状法、そして電子契約活用ガイドラインにおける電子契約の定義を確認した上で、本稿における電子契約の意味合いを明らかにしておきたいと思います。

電子契約法における「電子消費者契約」の定義

例えば、「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律(電子契約法)」(2001 年 12 月施行)は、同法における「電子消費者契約」を「消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続きに従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うもの」と定義しています(2 条 1 項)(*2)。

電子消費者契約法では、電子商取引等における消費者の操作ミスを救済するために、消費者による錯誤について、民法とは異なる内容が 3 条に規定されている関係で、電子消費者契約の当事者も消費者と事業者に限定されています。

電子委任状法における「電子契約」の定義

近年では、電子委任状の信頼性が確保されることが電子契約における課題となっていることから、電子委任状の普及を目的として「電子委任状の普及の促進に関する法律(電子委任状法)」(2018 年 1 月施行)も制定されています。

同法では、「電子契約」について、「事業者が一方の当事者となる契約であって、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により契約書に代わる電磁的記録が作成されるもの」と定義しており、その一方当事者を事業者に限定しています。

電子契約活用ガイドラインにおける「電子契約」の定義

さらに、2019 年 5 月に、JIIMA 電子契約委員会が作成した「電子契約活用ガイドライン」では、電子契約を「電子的に作成した契約書を、インターネットなどの通信回線を用いて契約の相手方へ開示し、契約内容への合意の意思表示として、契約当事者の電子署名を付与することにより契約の締結を行うもの(*3)」と定義しており、契約当事者の限定はないものの、電子署名の付与が要求されています。

本稿における「電子契約」の意味合い

以上のように、電子契約と一口に言っても、念頭に置いている法律やガイドラインによって、その具体的な意味合いは異なってきます。そのため、電子契約に関する問題を論じるにあたっては、まず、その概念を明確にしておくことが必要となります。

本稿では、前記の 3 つの定義から、電子契約法 2 条 1 項の契約主体を含むさまざまな限定と、電子委任状法における契約主体に関する限定と、契約当事者による電子署名の付与という要件を取り除いて、電子契約について「電磁的方式(電子的方法)によって締結された契約全般(*4)」を指すものとします。

電子契約における本人確認の重要性-なりすまし行為の防止に向けて

電子署名が付与されているものに限らず、電磁的方式を用いて締結された契約が広く電子契約に含まれるとすると、電子契約の締結に際しては、慎重に本人確認を行うことが重要となり、本人確認が不十分である場合には、第三者によるなりすまし行為を引き起こす可能性があります。

もちろん、紙の契約書を用いて対面で契約を締結する場合も、第三者によるなりすまし行為は発生します。しかし、下記の(1)(2)で説明するように、電子契約については、[1]電磁的方式によって非対面で締結されているのみならず、場合によっては、[2]電子契約サービスを提供するプラットフォームを介在させていることから、紙の契約書を用いて対面で契約を締結する場合に比べて、第三者によるなりすまし行為が横行する危険性があると考えられます。

以下では、[1]電磁的方式の利用と、[2]プラットフォームの介在が、第三者によるなりすまし行為を引き起こしやすい理由について、それぞれ見ていきましょう。

(1)なりすまし行為を引き起こす要因[1]-電磁的方式の利用

契約の中には、口頭の意思表示のみに基づいて成立が認められるものもありますが、企業を一方当事者とする契約では、一般に、紙の契約書を用いて合意を形成し、それを契約当事者の双方で保管する方法が採られてきました(*5)。

取引実務において紙の契約書が重宝されてきた理由としては、主に、その信頼性の高さが指摘されています。

周知のように、紙の契約書には、契約当事者の署名捺印が付されているため、「誰が作成したのか、どのような印鑑を使用したのか」といった多様な情報が盛り込まれており、当事者による行動の痕跡が紙の契約書と一体化しているだけでなく、契約書に書かれた署名を筆跡鑑定することによって、実際に契約当事者によって書かれたものであるか否かを確認することもできます(*6)。

紙の契約書には、このような高い信頼性が認められている一方で、[1]契約プロセスにおける契約書の印刷、製本、封入、投函、郵送、捺印、保管などの業務が煩雑である、[2]契約書の検索・閲覧が困難である、[3]多額の印紙代が必要となる、といった問題点も指摘されてきました(*7)。

そこで、IT 書面一括法が施行された 2001 年頃から、契約締結にかかるコスト削減と業務効率化を目的として、建設産業を中心に、徐々に電子契約が活用されるようになってきました。

たしかに、電子契約には、こうした紙の契約書の問題点を解消しうるというメリットがありますが、同時に、個性が乏しいデジタルデータに依拠しているために、意思表示の主体が必ずしも明確でないというデメリットを併せ持っています。

仮に、電子契約のデータ上に、契約の当事者を示す記述があったとしても、その記述を含むデータ自体は、当事者以外の第三者でも容易に作成することができるため、実際に、名義人本人が作成したものなのか、それとも、無権限の第三者が本人になりすまして作成したものなのかを判別することは困難であると言われています(*8)。

したがって、契約当事者の顔や声といった付帯的情報を伴わない電子契約については、無権限の第三者によるなりすまし契約が容易に発生する危険性があると考えられており、厳格な本人確認が必要となってきます(*9)。

(2)なりすまし行為を引き起こす要因[2]-電子契約プラットフォームの介在

また、近時では、契約の両当事者が電子メール等の電磁的方式を用いて電子契約を締結するのではなく、いわゆる電子契約サービスを利用する例が増加してきています。

電子契約サービスを利用した電子契約では、契約の両当事者の間にプラットフォームが介在し、契約過程における両当事者への通知の文面もプラットフォーム事業者によって作成されますので、相手方の本人性に関する情報が、より一層把握しにくくなる可能性があります。

また、一定の知名度があるプラットフォームを利用している場合には、そのプラットフォームに対する利用者の信頼が、なりすまし契約に対する警戒心を薄れさせてしまう可能性もあります。

そのため、電子契約プラットフォームには、第三者によるなりすましを防止することのできる本人確認システムの構築が求められるはずですが、現時点では、メールアドレスの登録のみによって本人確認を実施している電子契約サービスもありますので、そうしたサービスを利用する際は、注意が必要です(*10)。


[注釈について]
*1 JIIMA 電子契約委員会『電子契約活用ガイドライン 2019 年 5 月 Ver.1.0』(https://www.jiima.or.jp/wp-content/uploads/policy/denshikeiyaku_guideline_20190619.pdf)3 頁参照。

*2 特定商取引に関する法律施行規則は、電子契約について、「販売業者又は役務提供事業者と顧客との間で電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信技術を利用する方法により電子計算機の映像面を介して締結される売買契約又は役務提供契約であって、販売業者若しくは役務提供事業者又はこれらの委託を受けた者が当該映像面に表示する手続きに従って、顧客がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込みを行うもの」と規定しており、電子契約法 2 条 1 項と類似の定義をしています。

*3 JIIMA 電子契約委員会・前掲注『電子契約活用ガイドライン 2019 年 5 月 Ver.1.0』3頁参照。

*4 山本豊「電子契約の法的諸問題-消費者契約を中心に」ジュリスト 1215 号(2002年)75 頁以下、75 頁参照。

*5 JIIMA 電子契約委員会・前掲注『電子契約活用ガイドライン 2019 年 5 月 Ver.1.0』3頁参照。

*6 牧野二郎=牧野剛「電子契約の基本」ビジネス法務 2017 年 10 月号 47 頁以下、48 頁参照。

*7 JIIMA 電子契約委員会「電子契約はじめませんか(第 1 回)電子契約の秘密の鍵?」月刊 IM2019 年 4 月号 10 頁以下、10 頁参照。

*8 渡邉新矢=小林覚=高橋美智留『電子署名・認証-法令の解説と実務』(青林書院、2002 年)6 頁参照。牧野ほか・前掲注(6)48 頁参照。

*9 吉田祈代「他人名義の電子契約の法的処理-「なりすまし」における立証負担の検討」中央大学大学院研究年報 34 号(2005 年)125 頁以下、126 頁参照。

*10 JIIMA 電子契約委員会・前掲注(『電子契約活用ガイドライン 2019 年 5 月 Ver.1.0』)27 頁では、電子契約の運用ポイントとして、「契約内容の重要性に応じた署名者の本人性確認を行うこと」が指摘されており、BtoB の契約であるか、BtoC の契約であるかにかかわらず、「メールアドレスのみの審査は推奨されない」と指摘しています。

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