電子契約サービスに求められること
契約と聞くと、まず何を思い浮かべますか?
きっと「紙の契約書」、「実印」、「手書きの署名」などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
日本では一部の契約類型を除き、契約における法的な要件がないため「紙で契約しなければならない」、「実印を押さなければ契約が成立しない」という決まりはなく、口頭での合意も契約と見なされます。
つまり、どのような電子契約サービスであっても契約する当事者同士が合意する限り、契約として成立します。
当事者間で契約に対する認識が同一で、かつ信頼関係があれば、口約束でも十分な場合もあります。実際、口約束だけの商慣行は2020年に闇営業で問題になった芸能界をはじめ、事例が多々存在します。
このように契約の成立に関しては、一部の契約類型を除き規制がないのが現状で、電子契約に関する法規制もありません。
契約が成立しているかどうかが問題になるのは、契約の当事者間で紛争になったときです。
万が一裁判になった場合、自身の主張を裁判において裏付ける証拠が重要になります。口頭での契約だけでは「言った」「言わない」の水掛け論に陥ってしまうためです。
裁判のとき、契約が成立していることや契約内容についての証拠として利用できるのが、「契約書の価値」といえるでしょう。
一方、「契約」と「契約書」はまったく異なるものです。
契約は当事者間の合意であり、契約書は契約の内容を表示する文書で、かつ証拠となるもの。電子契約の有効性の議論においては、「契約」の成立があったかどうかではなく、電子契約に「契約書」のような証拠としての効力があるかどうかが問題となります。
文書や電磁的記録に本人の意思が反映されているかどうかについては、難しい議論です。
印刷された文書では、誰が作成したものか判断できず、本人の意思によらない文書(誰が作成したのかわからない文書や本人確認をしていない文書)をいくら厳格に保管しても、契約書の有効性にはつながらないからです。
裁判において契約書を証拠として利用するには、文書が次の2点を満たしていることが必須で、これをもって文書の「形式的証拠力」があるといえます。
- ①契約者本人による作成が確認できること
- ②改ざんされていないことが確認できること
裁判で契約書が以上の2点を満たし、形式的証拠力があることを主張するために、一般には民事訴訟法第228条第4項を適用します。
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。
契約書に押印することが日本で一般的であるのは、この条文があるためです。
そして、文書による契約書について民事訴訟法第228条第4項が適用されるのと同様に、電子契約についても「契約書」と同様の形式的証拠力が認められるかが問題になります。
民事訴訟法だけでは、署名も押印もできない電磁的記録の形式的証拠力を主張することは困難でした。そのため、2000年に電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)が制定され、第3条では次のように規定されています。
第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を 適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
これにより、一定の要件を満たす電子署名があれば、電磁的記録に記録された情報についても形式的証拠力が推定されることになりました。
電子契約についての形式的証拠力に関しては、この規定しかないため、日本で電磁的記録に記録された情報の形式的証拠力が推定されることを主張するには、電子署名法を適用します。
そのため、ほとんどの電子契約サービスは電子署名法を基盤としてスキーム設計をしています。
しかし、電子署名法はもともと個人がインターネット上で契約や諸手続きを行うことを目的として制定された法律のため、法人の電子署名に関する規定がありません。具体的には、電子署名及び認証業務に関する法律施行規則で次のように定められています。
第六条 法第六条第一項第三号の主務省令で定める基準は、次のとおりとする。
(一から三を略)
四 電子証明書の有効期間は、五年を超えないものであること。
五 電子証明書には、次の事項が記録されていること。
イ 当該電子証明書の発行者の名称及び発行番号
ロ 当該電子証明書の発行日及び有効期間の満了日
ハ 当該電子証明書の利用者の氏名
ニ 当該電子証明書に係る利用者署名検証符号及び当該利用者署名検証符号に係るアルゴリズムの識別子
六 電子証明書には、その発行者を確認するための措置であって第二条の基準に適合するものが講じられていること。
七 認証業務に関し、利用者その他の者が認定認証業務と他の業務を誤認することを防止するための適切な措置を講じていること。
八 電子証明書に利用者の役職名その他の利用者の属性(利用者の氏名、住所及び生年月日を除く。)を記録する場合においては、利用者その他の者が 当該属性についての証明を認定認証業務に係るものであると誤認することを防止するための適切な措置を講じていること。
上記のように、電子署名法においては個人の氏名しか証明されません。しかも、役職名を記録した場合は、電子署名の対象外であることが明確にわかるようにせよ、と8項で規定しています。
よって、電子署名法では<所属組織、役職=職務権限>は推定されず、法人契約において電磁的記録の形式的証拠力を主張する上で重要なポイントです。署名者が法人を代表・代理する権限を有することが、電子署名法に基づく推定の範囲外となります。
このため、電子署名法だけに依拠してサービス設計を行うと、法人の契約書に所属組織、役職=職務権限の記載が無い”個人の実印”を押印するという奇妙な状況となり、様々な問題を抱えてしまいます。こうした状況を解消するには、法人の意思確認を別途行う必要があります。
一方、法人間の商取引では、電子記録債権法によって法人の意思確認が可能です。
電子記録債権法では、電子記録債権の成立時に債権者と債務者の間で意思確認が行われているため、裁判においても形式的証拠力が認められやすいと考えられます。
また、基本的にBtoBの取引を対象とした法体系であり、法人の意思確認が明確になされている制度です。
さらに、電子記録債権法は柔軟な制度設計であるため、契約書ファイルを暗号化し、このファイルを電子記録債権の内部データとして記録することが許容されています。この制度を併用することで、電子署名法の欠点を埋めることができます。
このように日本における電子契約サービスの設計としては、「電子署名法」と「電子記録債権法」を併用することが極めて有効な方法といえるでしょう。
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